こんばんは、ユダです。

さて、このブログを更新しない間に池上蓮が亡くなってしまいましたね。

年下の僕が言うのもおかしいですが、昔の映像などを見ていても、憎めない人というか可愛らしささえある人でした。

天国でもジャマイカをハマり倒しているのでしょうか。

遅ればせながら、ご冥福をお祈りいたします。

さて、今回からは「ユダの愛したパチンコ屋」シリーズを始めたいと思います。

特に、今はもう無くなってしまったお店を中心に取り上げていきます。

なんで、急にこんなアンソロジー企画を思いついたかといえば、もうテレビと一緒で今のパチンコやパチンコ屋ってつまんないんですよね。

ですから、それなら古き良き時代のパチンコ屋を偲んでいたほうがまだ有意義かと思ったからです。

そして、楽しいパチンコ屋があったという事実を風化させないことで、少しでもパチンコ業界が面白い方向に戻ってくれるのを期待しているというのもあります。

今はパチンコは打ちませんが、当時のパチンコ台を見ると非常に胸が高鳴るんです。

 

それでは、記念すべき第一回目は、僕が最も愛したパチンコ屋と言っても過言ではない「ビッグチャンス御油店」からご紹介します。

大木屋のホームページによりますと、ビッグチャンスは愛知県の豊川市にあり、1986年開業で、おそらくは2006年頃(当時地元にいなかったのでわかりません)まで営業していたと思われます。

郊外店としては小型の部類に入る店で、昭和の香りがプンプンする店でした。

僕が通い始めた頃(1996年)にはすでに客は飛んでいて、平均稼働率1割といった感じでした。

 

店内は正面入口から入って、右側突き当りにパックジュース、左側突き当りにカップジュースが売っていて、トイレは左奥、景品カウンターは正面奥でした。

設置台としては、正面入口から見て右手から、スロットのシマ2列、羽根物(ファインプレー、玉ちゃんファイト)1列、現金機(ホースケ、フィーバーちゃん松)1列、ギンパラ1列、CR1列、海2列、CR2列、現金機2列、権利物(コマコマ倶楽部、ミルキーバー)、甘デジというバランスのとれた構成でした。

環境としては、稼働率が低いのでタバコの臭いはあまりしないし、日当たり良好、ミュージックの音量は控えめ、客はじじ・ばばが中心といったところで、僕が望む最高の環境でした。

 

さらに、ビッグチャンスは店員が変わらないというのも、ひとつの特徴でした。

しゃくれ頑固じじい、やさメガネリストラ、七福神マネージャー、中国人おばちゃんなど基本的に崖っぷちの人ばかりでしたが、カウンターのおばちゃんはいつも愛想が良かったですね。

 

僕の立ち回りとしては、ビッグチャンスではメインでファインプレー、サブで権利物、新台の客が飛んだ時には新台狙いで稼働していました。

僕が通っていた頃は、ちょうどハンサム店長が移動してきた時で、釘の開閉がハッキリしていてすごく楽しかったのを覚えています。

プロ的な立ち回りをする以前にも、大学の授業に行く前の朝の1時間とか、アルバイトに行く前の30分とか、とにかく時間があれば通ってました。

 

しかし、今思い返しても本当に優良店でしたね。

客は少ない、釘は空いてる&据え置きで、ファインプレーで連日10箱以上積んでたなんてのも茶飯事でしたから。

まだまだ当時は甘かったんですね~。

 

では、これで「ビッグチャンス御油」の懐古録を終わりたいと思います。

ぜひ、皆さんのビッグチャンス体験談(びっちゃん通信)をお待ちしております。

コメント欄に何か書いていただけると嬉しいです。