2013年1月の記事一覧

藤商事から出されていた、ジャマイカもよく打ちました。

ジャマイカも時代的には、僕がパチプロやってた頃の
機種ではなく、僕がまだフツーに負けてた大学生の
頃のパチンコ台ですね。

 

1997年の発売です。

この機種に出会うきっかけは、当時の僕の愛読書
池上蓮の「パチンコ征服論」に掲載されていたからです。

 

もしくは、パチマガの方だったかも知れません。

どっちでもいいですが、そこで池上蓮がハマリっぷり、
負けっぷりをおもしろ、おかしく
書いていたので、打ってみたいな~と思っていたところ、
新城市の「ドリーム」に設置されていたんです。

 

東三河でも新城って相当田舎なんですけど、車をぶっ飛ばして
よく打ちに行ってました。

「ドリーム」もいい店で、客は少ないし(新城だからかなww)、
釘はいじってくれるしで、最高の環境でしたね。

 

そして、ここのジャマイカの良かった所は、なんと右側の
釘が最高になってる台があったんです。

その瞬間、普通に打ってる客は回らなくて負けて、右側の釘の状態を知ってる
僕だけが勝てるという、パラダイスが出来上がったのです。

 

まー、ジャマイカ打ってるのは多くて、2~3人でしたけどね・・。

「ドリーム」はその後、サンダーバードの左下入賞口が15個返し
だった時も、無調整の台があったりして、笑わせてくれましたww

 

正直、これは「勝てる!嬉しい!」というよりも、笑えました。

田舎のパチンコ屋だからできる無防備さというか、まさに古き良き昭和が
残っているような町が新城ですね。

 

さて、それでジャマイカですが、この台のポイントは液晶でしょう。

もう、この手の古めかしい液晶で、シンプルなリーチアクション、
そして、常に熱い(2段階大当たりのため)といい機種でしたね。

正直、右打ちでグルングルンだったんで、あまり負けた記憶がないです。

楽しかったな~。

☆ユダ☆が愛した機種

駒駒天国は3回権利物で、「変態メーカー」と恐れられる、
豊丸産業から発売されていた機種です。

豊丸といえば、CR競馬天国優駿編が強く記憶に残ってます。

 

他のメーカーが大衆受けしようとして、可愛らしいものや、
派手な演出に走っているのに、豊丸だけはマニアック路線なんですww

このタイトル見てもわかりますが、なんなんですか優駿編って?
誰がそんなタイトルに惹かれるんでしょうかww

 

あたいだよっ!!

 

ということで、僕は豊丸ファンになりましたね。ドラゴン伝説は
あんまりでしたけど、ナナシーは好きでしたし、この駒駒天国
はホントに打ち込みました。

ただ、駒駒天国も僕がパチンコ打ち始めた頃には、近くの1軒にしか
ありませんでした。

 

しかし、とにかく面白かったですね。

連続リーチが来ないと当たらない、シンプルなプロ好みの設定。

出玉の多さ(3回で6500発程獲得できる時もあった)。

 

ミルキーバーなんかより、全然好きでした。

この台が撤去された時は、ホントに寂しかったですね~。

 

しかも、そろそろ撤去されそうだなというのも、わかるぐらい
相思相愛になってました。

 

まあ、こういった面白い台がなくなったから、パチプロを辞めれた
という意味では、良かったのかもしれませんが・・

でも、あんまり駒駒天国では勝てなかったですけどね(^_^;)

 

追伸:パチンコマル得講座のもりピーこと守屋彰二さんは、今どうしているのか
気になったので、調べてみたら、

ダイコク電機の社員でしたが特殊な能力を存分に発揮して
貰うために現在は子会社のDIXEOに出向中がてら
テレビ関係の仕事やスーパーバイザーとして活躍されている様です。

知恵袋でこういった回答を見つけました。

真偽のほどはわかりませんが、本当ならば嬉しい話ですね(^-^)

もりピーは人の良さが滲み出てる、愛すべきキャラでした。

☆ユダ☆が愛した機種

僕が、パチンコの台の中で一番好きだったのは、
羽根物の初代ファインプレーでしょう。

ファインプレーは羽根物暗黒時代前、1994年に、マルホンから
リリースされた機種です。

 

その後、たこ焼き八ちゃんが2001年に発売されるまで、
長きに渡りホールで活躍していました。

当時のパチンコホールの羽根物はファインプレーと
玉ちゃんファイトというのが、相場でしたからね。

 

それで、ファインプレーなんですが、技術介入ポイントも多く
非常に勝ちやすい機種でしたね。

ストロークと、大当たり中の止め打ちで
普通の遊び台が、勝てる機種に変わるぐらいの
勢いがありました。

 

まず、ストロークですが今も変わってないと思うんですけど、
多くの台が打ってると玉の勢いが変わりますよね。

あれは、ハンドルのバネが馬鹿になってくるんでしょうか?www

そこで、微調整。

100円玉を500円に変えたり、パッキーに変えたりいろいろやりました。

これが、できるかできないかだけで相当変わってきます。

 

あとは、大当たり中のラウンド継続の止め打ちですね。

1・7ラウンドの止め打ちは当たり前ですが、15ラウンド
の時も、ヒットが上に来るタイミングで10個めの玉が
入ると、上に並んでる5個の玉が割れて、パンクすることが
多いので、15ラウンドでもしっかり止め打ちしてました。

 

しかし、ファインプレーにはお世話になりました。

パチンコのメッカ愛知県だったということもあるでしょうが、
1日打って5~6万勝つということが、月に2~3回ぐらいは
あったので、すごく立ち回りにプラスの影響を与えてくれました。

超ローリスクでミドルorハイリターンまで見込めるのですから、
(500円が5万とかってすごいですよね!)
ほかの台を打つ時でも、心の安寧感が違います。

 

あと、最高だったのは羽根と役物の間に、パチンコ玉が入り込み
常に羽根が開きっぱなしという状態で、半日ぐらい打てた時がありました。

この時は、あまりにも当てすぎるとホール側にすぐ見つかるので、
加減したりして打って、ドキドキしながら打ってました。

 

さすがに、数時間でドル箱タワーができたので、見つかりましたが・・

でも、僕は自分で箱を変える派で、従業員もそれをわかっていて、
近づかなかったからできた芸当なので、もし従業員に箱を変えてもらう
派の人は、自分で変えてもいいかもですwww

 

ではでは、これでファインプレーの思い出話を終わります。

よかったら、あなたの思い出も教えてください。

☆ユダ☆が愛した機種

これは、今はもう豊川市に合併されてなくなってしまいました、
愛知県の小坂井町にあったパチンコ屋ME○HOでのお話です。

そのパチ屋は、駅から5分ぐらいのところにあるのですが、
その駅自体が寂れており、当時地元でもあまり知られていない
パチンコ屋でした。

 

僕も、そのあたりのパチンコ屋は回りつくしたかなと思った
あとにひょっこり、出てきた店でした。

そして、店のスペックといえば総台数200台そこらの
小型店で、客層はジジ・ババ中心のチョー僕好みの店でした。

 

ただ、等価交換だったので、当時低換金狙いの僕には、
関係ない店かな~と思ってました。

そして、その店に行って初めて打ったのが、
「たこ焼きはっちゃん」でした。

 

そう、ご存知の方も多いでしょうが、羽根物暗黒時代
(まったく羽根物が発売されない時代、しかしこのおかげで
ファインプレー、玉ちゃんファイトなど稼げる機種が残った)
を終焉させた機種です。

 

そして、久々の羽根物ということで、店も上手に
扱えなかったのと、

はっちゃんは役物が回転ドラム方式だったので、
Vゾーンの狙い打ちが可能でした。

 

当時、ファインプレーばかり打っていた僕は、
これぞ「我が意を得たり」といった感じで打ち込みました。

とは言っても、最初は普通に打っているだけで、4~5時間ぐらいで
8万の大勝ち!!あまりに興奮して、ソッコーその台のスペックを
調べ、上記のことがわかったという顛末でした。

 

それで、次の日からも朝から行きたかったのですが、その頃は
アルバイトもしながら(親の手前)パチンコ打ってたので、
行けませんでした。

しかし、バイトが終わるとすぐに駆けつけはっちゃんを打つ
という生活が続きました。

 

しかも、その店はジジ・ババ主体なので、釘調整も甘いんです。

ジジ・ババは打ち方すべてが甘いので、彼らが負ける台でも
僕はかなり勝てました。

時給1万ぐらいはあったと思います。

 

しかし、そんな夢のような生活もわずか1週間で幕を閉じたのです。

僕が関係してたのかはわかりませんが、新台なのにいきなりの撤去!!

終了です・・。

 

今思えば確かには「たこ焼きはっちゃん」は店にとっては扱いづらい
機種だったと思います。

締めても締めても、結構出ちゃいますからね。

 

それから、1年後ぐらいにほかの店で打った時も、ガチガチだな~
と思っても、勝てるぐらいにスペックが甘い機種でした。

はい、今回はそんな美味しい拾い物をした時のお話でした。

 

やっぱ、いろんな店にちょこちょこ顔を出すというのは、
大事だな~と思いましたね。

よかったら、あなたの爆勝体験も教えてください。

大勝ちした時

これは、愛知県鳳来町のパチンコ屋での
出来事です。

たぶん、鳳来だと思いますが、もしかしたら
新城かも知れません。

当時、僕は愛知県東部地方を中心に打ってまして、
さらに僕の鉄則として、田舎へ行けば行くほど
勝てる店が見つかるというものがあり、
毎日、人気のない方へ、人気のない方へと向かってましたww

パチンコ屋が大量にある愛知県だから通用した
戦略かも知れませんが、後に埼玉などでも
田舎の方が勝てましたので、やはり人がいるところは
勝てないというのは一理あるかと思います。

そして、田舎の方へ店を探しに行きすぎて、
ある時山奥に入っていってしまったのです。

その山道は15分車で走っても、民家はまったくなく、
温泉宿が2~3軒あるかないかのところで、

「へ~こんな所も、愛知県にあるんだな~」

なんて、田舎育ちの僕が思うぐらいの場所でした。

でも、

あったんです。

家も、スーパーも、床屋も、医者も何もないのに

パチ屋がwwwww

「マジかよ~」

と半分叫んでしまったような気がします。

イメージとしては、竜宮城を発見した感じでしょうか。

そして、狐につままれたような気になりながらも
その店に入ると、客は二人ぐらいおり(今思うと人間じゃなかったのかな)
置いてある機種は、その当時に「レトロ機種」
と呼ばれていたようなものばかりで、知らない機種もありました。

そして、そんな不思議空間でパチンコを打ち、なんか出たので
換金することになってまた驚きました。

なんと、特殊景品が一つ200円だったのです。

当時でも、最小単位は500円でしたから、
これまたエポック・メイキングな感じでしたね~。

なんか、不思議な体験をしたような、お得な気分に
なれるパチ屋のお話でした。

今でも、あの店はあるのでしょうか?
知ってる人いたら、教えてください。

パチプロ時代の思い出